日本の「国防論」あれこれ(3)

query_builder 2024/03/27

おはようございます。

今回は、「国際紛争と戦争」の関係について、言及します。

この世に紛争の絶えることはありません。国際社会におきましても国際紛争が度々、生じております。国際紛争が生じますと、何らかの手段を講じて、紛争を解決する必要があります。国内政治の場合と違って、国際政治の舞台は、アナーキー(無政府状態)にあります。いわゆる中央政府が存在しません。国際政治の主要なアクター(主体)は国家ですが、国家関係のぶつかり合いによって国際紛争を解決する必要があります。

リアリスト風にいうと、国家関係の力の源泉はパワー(国力)で、それには、いわゆるハードパワーとソフトパワーがあります。前者は、軍事力や、経済力など、後者は、文化力などです。主として、前者を重視します。一方、リベラリスト風にいうと、国際機関などを通じた国際協力の有効性があるのですが、ここでは捨象(しゃしょう)しましょう。

さて、この国際紛争を解決する手段については、「平和的解決」と「強制的解決」があります。前者は、外交や、国際司法裁判所などを通じた司法的解決などです。後者は、戦争を含む武力の行使です。もちろん、平和的手段で物事を解決することが望ましいのですが、いかんせん、世界の歴史は、戦争の歴史とニアリーイコールと、前回のブログでも申し上げたとおり、無数の武力紛争が発生しております。この観点から見ましたら、戦争は、国際紛争を解決する制度の一つということが、ご理解いただけるでしょう。

では、その戦争をどう考えるかということがあります。国際法上の観点から見ると、戦争観には変遷があります。最初は3世紀頃から始まる「正戦論」の時代です。戦争には「正しい戦争」と「正しくない戦争」があるとしました。宗教的な理由もあります。ここでは、開戦原因の探求、即ち戦争の正当性の追求、が主要な課題でした。それが、16世紀頃からの大航海時代の始まりに伴う植民地獲得の競争の激化とともに、全ての戦争を正当化する、という動きが出てきました、いわゆる「無差別戦争観」の時代です、ここでは、戦争をどのように行うか、の戦争の方法論の追求が主要な課題になり、戦争法規(いわゆる「国際人道法」)が発展しました。それが、第1次世界大戦の生起により、犠牲者が軍人のみならず民間人にまで広く拡大し、戦争の惨禍(さんか)が広く認識されるようになると、「戦争の違法化」が唱えられるようになります。いわゆる、「自衛戦争」は認めるが「侵略戦争」は認めないという立場です。国際連盟も設立さましたが、結局は、第2次世界大戦の発生を防げませんでした。

そこで、戦後は、国際連合を設立し、より戦争の違法化の動きを強化しました。国連憲章にようると、現在、国際法上、是認される戦争は、①自衛権の発動、②国連安全保障理事会の承認した武力の行使、の二つです。これ以外の戦争(武力の行使)は、違法とされます。翻(ひるがえ)って、現実の国際社会を見ると、国際紛争が絶えることはなく、それを原因とする武力紛争は、度々、生じております。ただ、昔、以前と違うのは、戦争にも、いわゆる「大義名分(たいぎめいぶん)」が必要になり、武力紛争を起こしている国は、ほぼ、皆、「自衛権の発動」であることを表明する姿勢、趨勢(すうせい)にあることです。

そこで、次回は、この「自衛権」と言うことについて、見ていきましょう。

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