現代の日本社会における「ヤクザ」論③

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おはようございます。

今回は、暴対法の施行前後における、「ヤクザ」社会の変化について言及します。

暴対法の成立は、「ヤクザ」さんにとって、衝撃が大きかったと思われます。

そもそも、日本社会においては、「ヤクザ」を特別視することは、余り無かったと思われます。

「ヤクザ」さんは、元々は「博徒(「ばくと)」系と、「神農(しんのう」系に区分」されていました。前者は、「ばくち」を生業(なりあい)とし、後者は祭りの縁日などの屋台での営業を生業としていました。現在では、後者は、ほぼ前者に吸収されています。日本の指定暴力団は、大きく3大勢力が拮抗しています。即ち,山口組、住吉連合、稲川会です。この3つの指定暴力団で、ヤクザの大半を占めています。後、幾つかの、小さめの独立勢力が、少なからずいます。

先にも述べたように、暴対法以前は、特段、ヤクザを意識することは、少なかったですね。一般に、「侠客」と呼ばれて,街の顔役的存在でもありました。例えば、

不良化して、箸にも棒にもかからない息子に手を焼いた親が、親分のところに行って、息子を預けて、行儀作法から修行させていたような事例が、多くありました。確かに,ヤクザは、非合法活動もしますが、それは、「しろうと」さんも同じだと、前回に申し上げました。むしろ、最近は、そちらの方の「犯罪」の方を多く見聞し、目立ちますね。

それはともかく、ヤクザ社会には、それなりの秩序があって、統制がとれています。ヤクザ社会の「掟(おきて)」に反すると、「えんこ詰め」と呼ばれる「指詰め」から始まって、重い処分の場合は、「破門」や『絶縁」があります。これを食らうと、以後はヤクザの社会では、生きていけません。「廃業」するしかないですね。

ヤクザと警察の関係も、独特のものがありました。例えば、抗争事件を起こしたりすると、その組員に拳銃(ちゃか)を持たせて,出頭させたりしていました。結構、ヤクザと警察の間で暗黙の了解があって、それなりの秩序が保たれていたものです。終戦後、日本の治安が乱れ、警察の力がまだ弱かった時には,ヤクザが「治安」の維持に協力していたのですが、やがて、治安状況が回復してくると、両者は「対抗」する存在になります。いわゆる「頂上作戦」と呼ばれる、ヤクザ組織の解散を迫る動きもあったりしましたが、結局は、ヤクザは生き残りましたね。

ヤ久ザも、確かに、「悪い」ことはしますが、前回も述べたような、「ヤクザ気質」のある日本社会では、共感を覚える向きもあるのでしょう。警察は、非合法活動は取り締まりますが、それは、警察の「お仕事」として、当然のことです。特に問題化してきたのは、「民事介入暴力」行為の目立つよう担ってきた頃からでしょうか。その頃から、暴対法の成立に伴う動きが始まります。警察は、それまでは「民事不介入」だったのですが、そうとばかりは言えなくなってきました

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